2018.03.31
花巻ぶどう日記
小さな町で1本、ぶどうの木の歴史が終わった日、僕は何を思ったか、何を考えたか。
最近の大迫町といったら、ぶどうをやりたい人がパラパラと来ていて、一斉にこの春にぶどうを植えている。その光景は僕の中では圧巻で、どこも穴を掘って新しくぶどうの苗を植える準備に忙しい。そんな新しいことが始まる一方で、1本のぶどうの木がその歴史に幕を下ろした。
僕が住んでいる花巻市大迫町には「花巻市葡萄が丘農業研究所」という施設がある。そこはぶどうを研究する場所として、昔からここにある。そこに樹齢約30年の大粒品種、紅伊豆がある。今では、シャインマスカットという高級品種を育てるのがお金にもなるということで、農家さんは育て、流通させる。デパートなどにも並び、高額な商品として店頭に並ぶが、紅伊豆というぶどうがその先駆けだったという。そんな木が1本、木の古さと様々な理由が重なり、その生涯を終えた。
集まったのは当時、この地で、この紅伊豆を植えた方達。いわばぶどうのスペシャリスト
木に清めの酒をかけ、塩をまく。
そして、一気にチェーンソーで切る。
あっという間に木はバラバラになり、清めの酒が滴り落ちる。
それはまるで、ぶどうが泣いているようだった。
ほんとうに、長い間お疲れ様でした…。
午後は新しく大迫町でぶどうをやる方の畑に行き、ふと、空を見上げると、鳥が飛んでる。「空から獲物を狙ってるのかな?」なんて話をすると、鳥の餌となるネズミの話になったり、土の中に潜むミミズの話になったり、時間が過ぎていく中で、僕はこの感覚を忘れてはいけないと思っている。何故なら、都会の満員電車では感じられない感覚だから。なぜか都会の満員電車の窮屈さが思い出された。
当たり前に風が心地よい。もう、ここは春。嬉しい春がやってきた。